ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

彼の思い出

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日溜まりを避けて歩いた。彼女と、そして彼女の思い出は。あの人ならば死んだけど、でもそれはいつのことだろう。輝くものは表面だけのはずである。いつだろう? 彼女には分からなかった。心のように感じやすい敏感な光がある。指先で突っつけばたちまち割れて弾けてしまう。星であり、光の珠(たま)だ。彼を包んでいたものはそれと似たものであり、彼はそこでは呼吸が出来た。明るい星の胎内で、胎児のように丸くなっていたのだ。恐らく彼は知っていただろう。脆弱な星の子宮は余り長くは持たないと。泡(あぶく)のようにパチンと弾け、そうしてそれが死ぬ時である。いつだろう? 半年前だ。それまではかろうじて生きていた。彼女はそう考えた。それはリアルな、即物的な世界における事実でもある。そして彼女のために死んだのだ。彼女はそう考えた。彼を理解は出来ないと知られたせいで死んだのだ。ドアノブに結んだ紐で首を吊った。その日からだ。彼女は日溜まりを極力避けて歩いている。何故なのかはよく分からない。恐らく彼を感じるからだろう。しらじらとした日溜まりに、予感のように漂う彼を感じる。彼の呼吸を。彼女は彼にこう言いたかった。忘れるまでは好きでいさせてほしかった、と。でもこれはひどい台詞だ。優しいことを言いたいけれど、そちらはもっとひどい台詞である。ありがとう、思い出だけが綺麗です。

※ 画像はフリー素材です。

フィクションです。いつものことだけど、ちょっと暗い内容だと思います。