ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

記憶の襞

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十七年の歳月も、伸び縮みなどするので変だ。永遠にたどり着けないドアとも少し似ています。そのドアは五メートル先にある。だが、いたずらな猫のように、近寄れば離れ、近寄ればまた離れる。近くて遠い思い出も、それと同じで逃れるのです。手繰ればただちに逃げ失せる。思わせぶりな眼つきして、こちらをいつも窺うくせに。厄介です。しかし確かに、切ない心持ちになる。つかみ取れない思い出ほどに、美々しく映るものなのでしょう。少し優しい心持ちです。あの頃おれは恋をしていた。十七年と半年前に。彼女のことを想うなら、おのずと影が立ち去るもので、日向のように肌が温もる。
歳月が隔てるものは何でしょう? 歩んだ道の景色の違い、それが育む価値観の違い。いまのおれなどいまの彼女が理解するとはとても思えず、いまのおれなどいまの彼女が愛することはないと思われ。だいいち、いまの彼女はおれのことなどもう考えはしないはず。だが、少し優しい心持ちです。何故? 彼女がおれを考えないのは、いまの彼女が幸せだから。本気で信じているのです。あんなにいい子だったのだから、不幸が避けて通ったはずと。
話が逸れましたね。いまとなっては二人のあいだに、一歩か無限の距離がある。絶対的で、そのくせ曖昧な距離。彼女はおれを逃れるけれど、そのくせいつも待ち伏せしてる。いたずらな猫のように? まぁそうです。そんなわけです。

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