ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

極東独話

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ついに大人になれぬまま歳だけ取った人もいますね。運良く彼が人の親なら、子供は彼を許すと思う。親が子供のままなので、子供のほうが大人なのです。自分の親を許すのは子供のいつか出くわす試練。出来損ないの子供はきっと出来がいいから乗り越えるはず。これは真面目なお話で、このまま続けてみるのも良いです。しかしここでは少し違うお話を。国家の話です。成熟しないまま老いた国に生まれたことの哀しみと愚痴。笑

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誰も彼もが空気を読んで、列を乱さず行進してる。独裁国家で見られそうな光景だけど違います。形ばかりのデモクラシー、偽りの先進国。この国のお家芸は、出る杭を打つこと。勝つよりも馴れ合うこと。ひきこもり的内弁慶は、変化を怖れ現状維持を望むもの。この国の国民性と、どうやらぴったり一致している。外国人に優しくするのは、親切だから? もしや隣の芝生が青いからでは。学校では暗記を学び、あらかじめ決められた答えを導きだすことばかり学ぶ。この国の人々は自立できない。自分の脳で考えず、他人の創った価値観にただ従うのは子供です。一億数百万人の子供。でもおれもその一人……

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子供の頃はこの国を真剣に忌んでいました。高所から国を見下ろし、批評家的上から目線で容赦なく否定していた。今は諦め半分、自分を特別扱いせずにこの国の愚衆の中の一粒と自覚したのは成長でした。今おれはこの国を愛しています。いつも期待を裏切る国で、コロナ一つで滅んでもさして驚かないけれど。愚痴の十個や二十個は今でも軽く吐けるけど。基本的には、この国を愛しています。大人になった子供にとって親を愛すは試練と同じ。自分の選んだ運命を呪うこととも少し似ています。自分の不運のありかを認め、それを否定はしないというスタンス。出来損ないの親を愛すは、だから不運に打ち勝つことです。ファンタジックな右翼的言説もヒステリックな極左的呪詛も幼稚です。それらは何も克服していないと感じる。むしろ駄目な男を愛す、駄目な女のほうが大人。彼女はすでに男を許し、未来を彼と暮らすと願う。相互依存の話は今はなしです。それをしだすと混乱します。この文章はただでさえ纏まりを欠いているのに。

危うい内容ですよね。あとで消したくなるかも。笑

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