ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

ファンタジー(その2)

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そこは駐輪場と呼ばれる。店から漏れる歌声の届くところで最も暗い場所。彼は睡眠薬を飲んだ。酒で、歌声の聴こえる場所で凪いだ心を抱き締めながら。外で死ぬと決めていたのだ。彼女を第一発見者としないため、彼女を守るため。それは或いは身勝手な、自分本位の優しさだけど、真剣な黙想から導きだされた結論である。緻密なまでの闇に抱かれて、眠けの訪(おとな)うのを待った。闇だから星を感じる。星。指と指とのあいだから零れて落ちる光の砂を。さらさらと、それはさらさらと零れて落ちて闇に飲まれる。聴こえるものがあるけれど、それは気さくな歌声で心を和ます。星は感じられるだけで、実際に見えてはいない。眠けはすぐにやって来たけど、彼は一歩手前で立ち止まった。眠りの一歩手前で。痛みとは似ていないけど、苦しいほどの何かがあって、彼の眼を覚まさせたのだ。星は去り、闇は囁くことをやめた。漂うような歌声の中、ほのかに浮かぶものがある。彼女のような、それは微笑だ。彼を看取るもの、彼の最後の温もりである。そっとキスしてくれるのだ。苦しさの正体が分かった。何故だろう? 苦しいほどに幸せである。幸せ。清らな夜のふところにいた。眠りを阻むものはない。


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こういう題材をおれは繰り返し扱っているけど、真似する必要はないからね。自分の知っていることか、或いは自分の書きたいものを書けばいい。存在への耐え難い憎しみを表現してもいいし、お嬢さま探偵が活躍するお話でもいい。日記でもいいし。自由だと思うよ。