ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

六年ほど前

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調子の狂う愛でした。調子の狂う? 赤い夕陽のさす部屋だから、全て少しは狂っていたと思われます。リビングとバスルームがあり、窓とベッドがありました。シングルだけどダブルの役を担わされてるベッドです。シーツの染みが表すものを、或いは人は嫌悪もします。真面目な人は。それは不在を表している。ゴム製品と誠意の不在。海の近くで生まれたけれど(けれど?)精液で下腹を汚すことを喜ぶ女でした。中国人の女です。酒乱であり、泣き上戸である。客からブスと言われても言い返してはいけない仕事。からだ目当ての優しさに気づかぬ振りをする仕事。恐らく向いていないのでしょう。酔うと死をほのめかす彼女を、慰めるのは厄介でした。傷つくのなら一人きりだし、慰めの言葉の数は彼女には少し足りない。居直ることも才能だけど、自ら傷をひろげていては死さえいずれは見放すでしょう。死の影を持ち運ぶには、彼女は少し健康過ぎていました。赤い夕陽の聖化する夜の手前の短い時間、沈黙の漂う部屋で、彼女の肌のはらんだ熱を感じていると平和だと思ったものです。彼女という存在の核心部から肌を通して伝わる熱と、平和のような停滞と。おれたちは平和の中にいて、死の近くにはいなかった。赤みを帯びた時間には、平和さえ陰りを帯びたものと思わす深い何かが、確かに潜んでいたけれど。それはほのめく記憶のように、ちらりと見えるものでした。昨日の夢のしっぽのように、いつか眼にした微笑のように。彼女とは二ヶ月ほどであっさり別れることになりましたが。別れたというか、別れの言葉のない別れ。ビザの有効期限が切れたのでした。色々とあったすえ、海の近くに帰っていったというわけで。

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