ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

ファンタジー

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全て所定の位置にある。街もテレビも太陽も。このテレビはゴミであり、ゴミ捨て場に置かれているがそれも半年前からだ。持ち主は死んだと思う。理由はないが彼女はなぜかそう考えている。持ち主が死んだから、テレビは外で暮らしてるのだ。ここにあるのはゴミだから。ずっとここでこうしていられるわけは、自分をゴミと思わないから。彼女は歩きだした。街は音楽を失くしている。それは奇妙なことだけど、たぶんそうでもないのだろう。建造物と公園と曲がり角とを呼吸した。曲がり角では自分の足もとを少し感じた。それは恐らく軽いので、酸素のように透明である。公園には日溜まりがある。しらじらとした日溜まりがあり、人間と鳥があり、音楽がない。彼女は思うのだ。声が音色を失ってから、世界は少し硬くなったと。鏡のように頑なで弾力がない。投石すれば壊れるだろう。いっそ壊れてしまえばいいと思うけど、鏡の割れた向こう側には宇宙のような暗闇がある。この街は死んだのだ。彼女は死んでいないから、人は彼女を見ようとしない。自分をゴミと知らずにいれば、人は死なずにいられるのかな。ふと浮かんだこの考えに、彼女は何か不安のようなものを抱いた。空の近くへ行こうと思った。ジャングルジムを登り始める。こいつはまさに鉄の都市だ。縦と横と奥行きとがあり、そしてそれらは全て「私との」関係の上に成り立っている。ジャングルジムの上からは、公園の砂地が見え、そして世界のような白いものが見えた。砂の色であり、光の色である。人々の肌の色。彼らは主にくつろいでいる。日溜まりで安心し、ベンチの上で弛緩している。声だけが聞こえない。ちゃんと呼吸もしているけれど、私はあなたが聞こえないのだ。漂うものは時間ばかりで、それは彼女を疎外している。彼女の時間と彼らの時間。交わらずにそばを流れるもの。光の中に飛び立とうとした。眼をつむればそれが出来そうな気がしたのだ。この街は死んでなどいなかった。そう、例え彼女が死んでいようと、街は死んだりしなかったのだ。彼女は消え、そしていなくなった。空耳のようなものだけを後に残して。それは彼女の声だけど、彼らには空耳である。

※ 画像はフリー素材です。

散文詩です。小説は…もっとちゃんとしたものですよ。笑