ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

返事を待っています

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捨てるものなど何もなかった。呪いがあるとするならば、それが恐らくそれなのでしょう。返事を待っています。結婚を申し込んだのに、いまも返事を聞けていません。砂の大地を感じつつ、時計の音を聞いている。あの店から見えるのです。ふたりでパイを食べた店から、砂の大地がいつも見えます。それは硬くて、歩み寄ったりしないもの。掟のように譲歩を知らぬ事実だと思います。私は歳を取ったけど、名前ならずっと昔に失ったので、いつまでも若いまま。十八の子供のままでいる。私はその歳で死んでいるのです。私の名前を誰も知らない。私自身もそれを信じていないくらいです。あなたはそれをおかしいと言い、私の顔を真っ直ぐに見ようとはしなかったけど。そう、あなたは知らなかった。名前に宿るものなど実はそう多くない。名前のために死ぬ者は、からっぽの器と同じで何も語っていないものだということを。名前のない道は多い。あの道やこの道と呼ばれています。だがどの道も自分の役目を果たしてはいる。そんなものです。そんなもの。私が人を殺めたか、どれだけの数の未来を葬ったかについて語ろうとは思わない。それは重要なことではない。重要なのは、私が痛みを知っているかどうかです。そうでしょう? それに対する私の答えはこうです。私は誰も恨まないが、だが知ることの痛みを知っている。そう、知ることの痛みを。砂の大地が現実ならば、私がここにいるのもたぶん夢ではないでしょう。砂と夢とは近くにあるが、白いのは砂のほうです。私は白い大地を見てる。変人扱いされています。一杯のコーヒーと一切れのパイ。それを肴に何時間でも外を見ている。待っています。あなたのために全てを捨てるつもりです。捨てるものなど何もなかった。だからあなたは去ったのでしょう? 私にはあなたのほかに、捨てるものなど何もなかった。いつまでも返事を待ちながら、私は老いることでしょう。夢の話をしましょうか。私は確かに見るのです。暗闇の底へ向かって星屑のような輝く砂がこぼれ落ちていく。さあ、と音を立ててこぼれ落ちるのです。眼を覚ますと、静かな夜がそこにある。呼吸の届く距離に。平和と少し似ています。

※ 画像はフリー素材です。

フィクションです、もちろん。やっぱ、朝の爽やかさに合わないというか、ちょっと黒いなというのは感じますね。笑