ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

猶予期間

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いま何時? 午前か午後か真昼と思う。彼女は窓のそばにいた。表の道が、もの凄い感じで死んでいる。二階の窓からそれを見下ろし、そして彼女は、自分の色について考えた。色? 分かっているはずだ。色というほど明確なのは私の場合、思い出だけと。私はすでに色褪せている。歳の割りには? 罪の少ない人生の割りには。再び道に眼をやると、それは単なる道だった。死んでるなどとなぜ思ったのだろう。黒灰色のアスファルトと白線の作りなすもの。それが表明するもの。住宅街という場所について彼女の知っていることだけ。それだけである。カーテンを閉めた。何も思わずカーテンを閉め、そして彼女は光の棒を見た。棒のような光を。カーテンが光を遮断し、だが隙間から光の侵入を許している。差し込む光は棒のようで、彼女はそれをこう考えた。つっかえ棒と似ていると。二つの先端がある。一つは床を支えとし、一つは斜めに窓を押し返している。彼女はベッドに座り、そして迷いを覚えた。結局は寝転んだ。にゃあ、と鳴いてみた。にゃあ? 猫は嫌いだ。昨日自分で前髪を切ったけど、鏡の中の女は別に色褪せてもいなかった。気にしているの? 馬鹿め。またも自分と対話している。鏡の中の前髪を切り、そして切られた前髪が現実の床に落ちるのを見た。昨日のことだ。昨日と今日は同じではない。だって前髪が違うのだ。二センチは切ったから、かなり違うと言えるだろうな。そして彼女は瞼を閉じた。瞼を閉じ、瞼の裏の白いものを見きわめようとした。白くて、遊泳している。何だろう? 天井の灯りは点けていない。クリオネならば良いと思った。別に好きではないけれど、クリオネならば可愛いだろう。だが、それを見いだす前に忘れてしまった。そんな思いを抱いたことを忘れてしまったのだ。眼をあけると、さっきより部屋がだいぶ暗かった。なぜだろう? 自分が眠っていたと気づくのに少しかかった。濃密な空白のようなつかのまのめまい。人はこれを頭が真っ白になると表現する。一瞬頭が真っ白になり、そして理解し、後悔をした。ベッドに横になったのは失敗だった。いま何時? 午後五時だからたそがれ時だ。カーテンの隙間から、そこは光の棒があったはずの場所だが、そこから赤いものが予感のように漂い、そして告白している。告白? 漂い、予感のように漂いながらこう述べている。昨日のような今日はいらない。鬱陶しいと思った。彼女は窓のそばへと歩み寄り、何か居直るような心地でカーテンをあけた。そして見下ろした。道が、もの凄い感じで死んでいる。

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眠れなくて、せっせと書いてましたよ。