ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

聖(セイント)エドナ

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彼に理由を問われたもので、彼女は少し考えた。理由? 彼と別れる理由だろうか、それとも彼と今まで別れずにいた理由だろうか。だがすぐに、考えるまでもないことだと気づいた。それら二つは同じ理由を共有していたからだ。「私はあなたには完璧すぎるの」と、彼女は言った。「もう少し堕落しないとあなたとは釣り合わないわ」「そうか」と、彼は言った。そうして彼はこう言った。「そうか」彼女から言われたことの意味をいまひとつ把握できていない、吸収できていないという感じである。理解しようと努力している。彼女は彼を憐れんだ。「あなたのこと好きよ」彼女は彼にキスをした。そうして彼に背中を向けた。あっさりし過ぎているだろうか? 彼を見るのはこれが最後となるだろう。その夜のことである。彼女のもとに一件の着信があった。そして彼女はこう言われたのだ。「君はあいつに何をしたんだ?」さて、何をしただろう? 彼女には分からなかった。「何も。別れただけよ」「捨てたんだな」「その見解は」と、彼女は言った。「少し誤謬を含んでいると思うわ」「彼が錯乱した」「錯乱」「飲めない酒を沢山飲んでうちに来た。君を罵ったり、愛していると言ったりしていた、うわごとみたいに。気づいたら外へ飛び出していた。車がやって来た。跳ねられたよ、轢かれてはいない」「死んだ?」「生きてるよ。轢かれてはいない。だが、錯乱した」「錯乱」「正気に戻らないんだ」彼女は少し考え、そしてこう言った。「明らかに、彼の問題よ。私の問題じゃない」電話の主のため息が聞こえた。「かもしれない、確かに。だが、後ろめたくはあるだろう?」「でもないわ」彼女は電話を切った。彼を憐れんではいたのだ。後ろめたくはなかっただけだ。髪の色を変えようと思った。二時間後、彼女は外にいた。信号が赤に変わる。青信号が点滅し、色の変化を予告して人々の足を速めさせ、そして変わる。赤信号。進んではいけない。彼女は来て、立ち止まった。そしてこう考えている。横断歩道というのも象徴的だ。道の向こうを見つける場所だ、と。彼女の道の向こうには何が見えていただろう? それは確かに、ひとりの少女である。信号待ちの疎らな人かげの中、ひときわ目立つ少女がいるのだ。かき乱している。清楚な白いワンピースが夜の景観を乱している。希望のような微笑も。明らかに、それは彼女に向けられた微笑、彼女のための微笑だった。この時彼女の腹に、何か届いたものがある。それが何かは分からない。重量がある。あばらの奥に何かを孕み、その重量を支えているかのような感覚。鉛のようなものがふいに腹の中に生じたような感覚。何だろう? 彼女には分からなかった。見ると少女の姿は消えていた。少女のさっきいた場所に空白がある。虚ろとなった静止した場所。十分後には彼の部屋にいた。錯乱した彼ではない、別の彼だ。彼はすぐに気づいた。「髪の色が変わったね」彼女の髪は赤から黒に変わっていた。ここへ来たのはこの変身を見せるため。さっきまでそう信じていたが、間違いだったかもしれない。彼女は言った。「妊娠したわ」「え? 何故」「嘘よ。私は誰ともやってない。まだ処女よ」彼は何やら内省的な顔をした。自分の殻を半分出てはいない時、自分と対話している時に人はこんな顔をする。そうして彼はこう言った。「やらせてくれよ」「いいわ」彼の表情は変わらなかった。彼女は彼の頬にそっと触れた。

※ 画像はフリー素材です。

よく分からない作品だと思いますが、敢えて何の説明も添えないでおきます。