ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

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冬の日である。冬の、朝と夜明けのあいだごろ。電話の主がこう言った。夢を見たの。三日続けて同じ夢を。砂漠を泳ぐ魚の夢を三日続けて見るなんて、変でしょう? 私は店をやめようと思います。その日の午後、おれはスーパーにいた。スーパーの食品売り場に。スーパーには陳列棚がある。整然と並べられた商品の醸すものは秩序だ。何が正しいかを教えてくれる。買い物したい者がいて、買われることを待つ商品がある。何が正しいか? 肉と野菜を買うことにした。買うための手順を踏む。レジに並ぶ人々があり、おれはその最後尾につく。前の男は一瞬振り返り、そしてまた振り返った。電話は鳴っていなかった。おれは男を知らなかったが、男はおれを知っていた。サユリの客だろう。というのも、男はこんなことを言ったのである。「彼女は店をやめたんですか?」「まだです。でもそのつもりです。砂漠を泳ぐ魚の夢を見たもので」「そうですか。それは何の話です?」何の話だろう? おれは少しのあいだ考え、そして言った。「みんな少しは病んでるんです」男はそれ以上は何も聞かなかった。スーパーを出て、そして男と再び出くわした。駐車場の途中の場所で、男はこちらを見てはいない。空を見ていた。空は砂漠のようだった。雲の起伏の感じられない灰色の平面である。ひとつの凧(たこ)が飛んでいた。銀色の魚を模した凧である。砂漠のような空と魚のような凧。おれは静かに笑おうとした。何となくそんな気分になったのだろう。そして? そして電話が鳴ったのだ。

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散文詩を公開する時間を迷っています。朝か夜か。