ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

脱出

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そして話はひとつの道を辿るのだ。甘い今後を夢想しながらみんな滅んでいくのです。バスに乗り合わせたわけは? 同じ未来を望むからです。平和のような木漏れ日の中、ひとつの場所を目指しています。二人の逃れようとしたもの。それは恐らく正当なもの、正しいとされるもの。「海が見えたら明日だよ」二人の歩む道のりが、ひとつの権利を主張している。自ら道を誤る権利を。二人は「街」を逃げ出した、星の音符の降る夜に。ある人はこの街を揶揄して「ラム」と呼んだのである。子羊と掛けたのだ。子羊の街。二人はともに静けさを身体に纏う女の子である。偽ることに慣れすぎて、自分の嘘を信じかけていた。二人の逃げる背中には、解き放たれた明るさがあった。夜を分けて進む。衣擦れの音のしそうな幾重もの闇のカーテン。夜の先には夜があり、迷路のように出口を隠す。星々は無言で見つめ、優しくも冷たくもない。黙想の気分の中で一人だけ別な気分を抱えているような孤独感。しかし二人は一人ではない。互いの放つ存在感が互いを支え、呼吸を少し楽にした。時々声を掛け合った。匂いについて、静けさについて。「夜の匂いのするところだと、自分の声がよく聞こえるね」そうして海について。「風で分かるよ、海のそばなら」夜を分けて進む。「街」の灯りを振り返ったりはしなかった。二人はそれを無言のうちに共通の禁忌としていた。何故? 銀河へ昇る階段で振り返るのは危険なことだ。二人の通過した場所とその残像のようなもの。思い出は次の思い出に道を譲り渡し、二人は過去を一足ごとに置き去りにした。やがて、それはほのめくような予感として訪れた。かすかな潮の匂いを嗅いだのである。二人は初めて立ち止まった、街を逃れてから初めて。「海が見えたら明日だよ」この道は自由だろうか? 朝の近くにいたのでした。

※ 画像はフリー素材です。

ちなみに、この作品に最初につけたタイトルは「ドロップアウト」でした。