ある蒸し暑い夏の午後

ときどきポジティブ

ボーイミーツガール

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出逢ってから二日後のこと、彼女は彼を感じながらこんな話をした。「二人だけになりたいね。人類が滅亡して二人だけ生き残るの。世界にたった二人だけ」彼女は彼を感じていた、彼の呼吸と熱と匂いを。彼の腋毛を湿らす汗がほのかに香っているのである。二人は裸だった。彼女は言った。「思わない? 最後の二人は最初の二人と似てるって」一体何の話をしているのだろう? 彼はしばらく分からなかった。いま彼は、ほぼ虚脱した状態にある。立て続けに二回射精したことが、彼を抜け殻にしてしまったのだ。彼女が何の話をしているのか、しばらく理解しなかった。そして理解した。何てロマンチックな話だろう。彼は居心地の悪さを覚え、そうしてそんな自分を恥じた。「おっぱい」と、彼は言った。自分の口からなぜそんな言葉が飛び出したのか、彼には分からなかった。彼女は怪訝な面持ちをした。「ん?」「アダムとイヴは楽園を追放された。失楽園。その後二人の設けた子供はカインとアベルだ。兄のカインは弟を殺した。彼はそののちエデンの東に住んだんだ。失楽園エデンの東も映画のタイトルになっている。まだ一緒に映画を観たことがないね」彼は自分の発言をごまかすため、少し早口でそう言った。彼女は言った。「うん、そう、一緒に観ようね。それでおっぱいがどうしたの?」そう、おっぱいがどうしたと言うのだろう? 彼には分からなかった。或いはその答えを見つけるため、彼は彼女の胸に顔を埋めた。乳首という興味深い突起を吸う。すぐに彼女がため息を漏らし始めた。彼は思った。人間は機械じかけなのだ、と。性感帯を刺激されれば否応なしに身体が反応してしまう。興味深いことだ。彼はそう思ったが、彼女はまるで別のことを感じていた。彼を感じていたのだ。自分の乳首に吸いついている彼を可愛いと感じていた。快感の兆しのようなものを感じつつ、彼に語りかけた。「世界にたった二人だけ。でも、死を免れることは出来ない。だから一緒に死ぬ必要がある。一人だけ取り残されるのは哀しすぎるから」この時、彼の脳裡にあることが浮かんだ。乳首から口を離して彼は言った。「いま思い出したことがある。でも、後にしよう」「ん? いいよ、言って」「人生最大の野心は?」「え?」「古い映画の台詞だよ。人生最大の野心は? すると男はこう答える。不老不死になって死ぬこと」彼女はその言葉について少し考えた。彼女は考えた、永遠なんて誰も望んでいないのだ、と。全て終わりがあるから美しいのだ。彼女は言った。「そうね、それが素敵」「だね」そうして彼は彼女の胸に顔を埋めた。今度は自覚的にこう言った。「あぁあ、おっぱいを感じるぅ!」「おっぱいのことばかり考えているのね」「考えてはいない、感じてるんだ」「もう一度する?」「まだちょっと難しい」「そっか」しばしのあいだじっとしていた、二人とも。何も話さず、時計の針の奏でる音を聞いていた。時の流れがリズムとなって一秒ごとに鼓膜に触れる。触覚的な時間もあるとこんな時には感じるものだ。永遠。やがて彼女が口をひらいた。「世界にたった二人だけ。でも永遠ではないんだわ」「おっぱい」「永遠は琥珀(こはく)の中にしかない」だが彼は、彼女の乳房を感じていた。いまこの時を大事にしようと思いながら。なぜ? いずれこの関係が壊れることを知っていたからである。楽園はずっと昔に追われた。

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「彼」と「彼女」の視点の切り替えが早すぎるかなとも思ったんですけどね、ただ個人的に、視点には余りこだわらないことにしています。だって結局は全部作者の視点。笑